日々のこと

2018年の変化ー母との統合ー

2018年の一番の変化は、私の心の中の
母に対する見方や思いの変化でした。
長い間、母を自分とは全く違う人だと思い、
距離を取って生きてきました。
2年前に母が亡くなってからも、
その思いは変わりませんでした。

けれど今は母と私がどれほど似ていたか
本質は同じだったのではないかと思います。

私がADD的な要素を多く持っていることに気づき
受け入れてから
母も全く同じだったことに改めて気づき、
どれほど生き辛かったか、
無理して頑張っていたのかわかりました。

母も祖母も、自己価値観がとても低い母親に育てられた娘でした。
プライドが高く、人に馬鹿にされるなど許せないことでした。

家の中は3人も小さな子供がいたら仕方ないですが
いつも散らかっていたし、ものが良くなくなりました。

母が近所に住む伯母と、
電車に乗って買い物に行く約束をしたのに
約束の時間を過ぎてもずっと家を掃除し続け、
1時間待たせたこともありました。

私たち下の兄妹3人が3月末の終了式で小学校に登校する朝、
一緒に行く従妹たちが迎えに来てくれているのに
桜の花を学校に花束にして持たせようと
母は木の枝に上って剪定鋏で花枝を切っていました。
待っている従妹たちに申し訳ない気持ちで
見つめ、苛立つ従妹たちに言われて、
「間に合わないから」と
その花束を持っていかずに出かけたのを
後々まで母を悲しませた痛みとともに思い出したものでした。

今思い出すと、母もADD的なところが多分にあったと思うのです。

また大の読書好きで、
奉公先の病院でお医者さんが夜の往診に出かけた時に
布団に電池を入れて本を隠れて読み続けた話を聞いたことがあります。
私も本を読み始めると何も聞こえず、ご飯を食べるのも忘れ
下校途中歩きながら読んで道路から下の川岸に落ちたこともありました。
これって依存症と言える状態だったのかも知れません。

人と自分が違っているとき、自分の良い部分や強みは感じられず
ひたすら、劣った部分、欠けている部分にフォーカスしてしまいます。
気を付けても何度も失敗が続くと
自分にすっかり自信を失ってしまいます。

できる自分でありたいし、
人の役に立つと認めてもらいので
「できない自分」を恥じ、隠して
ないことにしようとします。

同じ欠点を持つ人間に、
自分の隠した(意識にさえ上らせない)欠点をみると
強い批判や否定を感じて責めてしまう。
それが私との関係だったと思うのです。

デンマークスタディーツアーで伺ったお話の中で
児童、生徒が得意な教科と、苦手な教科への
学校での対応がありました。
その対応が日本とは逆だと思いました。
例えば英語が得意で数学が苦手な場合、
得意な英語をどんどん伸ばすよう励ますそうです。
日本なら苦手な数学を頑張りましょうというのではないでしょうか。

授業ではグループで仲間と協力しながら学習するので
自分の強いこと得意なことでプロジェクトに貢献するのです。
絵が得意な人、リサーチが好きな人、文章にするのがうまい人、それをプレゼンするのが得意な人。
みんなでより良いプロジェクトができることが目標です。
みんな得意なことが違うだけで、それぞれ優れているし
グループに貢献できる力もある。
苦手なことにフォーカスして引っ張り上げようと努力するより
得意なことを出し合う方が集団としては効率が良いのです。

日本には同調圧力というプレッシャーが有形無形にあり
人と違っていることはそれだけで、問題視されます。
みんなと同じようにできないことがあると
劣っているとされるでしょう。
周囲からだけでなく、
自分自身も自分を恥じて責めてしまう。
そしてできないことを隠したり、ないことにしようとする。

29日の朝目覚めた時に、言葉が降りてきました。
「もう、フリをするのをやめる」
わかったふり。
聞いているふり。
知っているふり。
同じ意見のふり。
気に入っているふり。
嫌いなふり。

人と同じでなければいけないと
沢山のふりをして
瞬時に周りの要求や空気に合わせようとする。
そのうち、自分が本当は何が好きで何が嫌いなのか。
何がしたくて、何をしたくないのかが
わからなくなってしまう。

自分を見つめ、自分を知るたびに
母を近く感じるようになりました。

母は頭もよく、美しい人だったのに。
劣等感を抱え、生きるのが大変だったと思う。

人は自分が必死で隠しているもの
そして自分の中にあることさえ
否定して忘れ去ったものを持っている人間に
強く反応する。
隠せば隠すほど、
それを見せられた時の苛立ちや否定は強い。

私は、母にそっくりだった。
母がとりわけ私に厳しかった理由が
わかった気がしました。

私には弱みがあります。
けれど強みもあり、好きなこともある。
その両方を受け入れたら
母のことがわかるようになりました。

私を受け入れることは同時に
母を受け入れることでした。
そして母と私がよく似ていることが分かったとき
母を愛しく感じました。
頑張っていた母をいじらしく感じました。

もう「ふり」をして自分を偽らなくてよい。
人と同じになるためにエネルギーを使わなくてよい。

違っていていいのだ。
ADDの「癖のある脳」も個性だから。
神様は才能というギフトも一緒にくれた。
得意なこともあるし
時間を忘れるほど好きなこともある。
努力も苦にならないほどやりたいこともある。

ネガティブもポジティブも
自分の全部を受けれ入たとき
私の中の母が
笑顔になった。

生きるのがとても楽になった。

ABOUT ME
shigechan1783@gmail.com
NPO多言語広場CELULASのコーディネーターをしています。 セルラスではたくさんの言語(ことば)に同時に触れながら、世界中の誰とでもコミュニケーションできる力を育てています。 ことばはスキルでもツールでもなく、人と向き合い思いを伝え分かり合うために、人類が手に入れた尊い宝物です。 大人から子どもまで、多様な人たちが一緒に、ことばと人を育てあう場は、心とことばが同時に育つ場です。