デンマークで感じたことはたくさんあって、どれも私の生き方に大きな影響を持つほどインパクトが大きかったです。
影響の中には、生き方が変わるものもあれば、深まるものもありました。
今日書くのは、これまでの生き方が肯定されたと感じたこと。そう、多言語は優しいと、デンマークで感じた時のことです。
最初の晩、私はホテルが同室のゴマちゃんという若い女性と夕食を取りにレストランに出かけました。人気のデンマーク料理のレストランでした。
前評判通り、レストランは人でいっぱいで、私たち二人が座る席を確保できたのは、ラッキーでした。
レストランは明るく、ウエイトレスさんも楽しく話しかけてくれ、友達のポーク料理も私の白身魚のお料理もとってもおいしくて、初日から幸せな夕食でした。
私たちの隣のテーブルには、6人くらいが座って談笑していました。真ん中の男性が笑いながらよく話していて、周りの人はそれに相槌を打ちながら聞いている。そんな和やかな雰囲気でした。
よく話す男性は英語で話していました。なんとなくイギリス人かなという感じの英語を話していました。周りの人も英語で話していましたが、生粋のイギリス英語ではない感じで、デンマーク人なのかな、と想像できました。
私たちは首都コペンハーゲンの中心に位置するホテルに泊まっていましたが、街でも駅でも美術館でもスーパーでも、コンビニでも、ブティックでも、もちろんレストランでも、デンマークの人たちは普通に英語を話してくれます。
まるでネイティブのように英語を話すデンマークの人たちは、もちろんデンマーク人同士ではデンマーク語を話していました。
レストランの隣のテーブルの6人連れは、英語ネイティブの人とデンマーク人のグループなのだろうと想像しました。
みんな英語で話しているので、イギリス人らしき男性は本当に楽しそうに一番饒舌に話をしていました。
ジョークを飛ばしながら、みんなを笑わせながら、何やら楽し気に話しているその人を見ていたら、ここには二つの世界があると思いました。
英語ネイティブで英語しか話さないで済む人の世界とデンマーク語ネイティブで、相手が英語を話す時は英語で考え話す人の世界と。
相手の言葉によって、相手に伝わる言葉を選ぶ人の世界と、相手がだれであっても英語で話す、英語しか話さない人の世界と。
デンマークの人たちは、相手のわかる言葉で話すことを選んでいる。相手にの方に歩み寄っているんだ、と思いました。それってとても優しいことだと思うのです。
ことばには、その言葉が話される社会の文化や歴史や宗教や生活習慣が含まれています。
相手の言葉を話すとは、ただ言語機能の話でだけでなく、相手の背景となる世界を想像し理解しようとする気持ちがあるのです。
デンマークの人が英語をあまりに自然に話すので、歩み寄ってくれていることを忘れてしまうけれど、相手がデンマーク語を話す人であれば、一番伝わる言葉を選ぶことでしょう。
多言語ってただの言葉の数や技能ではなくて、相手と分かり合いたいという気持ちが入っているんです。
相手に合わせて話すことのできる多言語って、とても優しいことばだなと思いました。
多言語を話すことは、沢山の文化や歴史や人々の暮らしぶりに興味を持って、理解したいという願いが込められているんです。
デンマークで感じたデンマークの人の優しさは、相手の言葉で話そうとしてくれることでした。